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大阪地方裁判所 昭和36年(レ)95号 判決

原告(第九五号事件控訴人・第一〇二号事件被控訴人) 第一商事株式会社

被告(第九五号事件被控訴人・第一〇二号事件控訴人) 塚本総業株式会社

主文

原判決中原告敗訴の部分を取り消す。

被告は、原告に対し金二万三〇九六円およびこれに対する昭和三五年八月二六日から右完済にいたるまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

被告の控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも全部被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一ないし三項と同旨および「控訴費用は、被告の負担とする。」との判決を、被告訴訟代理人は、「原告の控訴を棄却する。原判決中被告勝訴部分を除きその余を取り消す。原告の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも原告の負担とする。」との判決をそれぞれ求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、左に付加するもののほか、いずれも原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

原告訴訟代理人は、「民事訴訟法第六一八条第二項にいう収入の「支払期に受くべき金額」の範囲については、所得税の源泉徴収の制度は、徴税上の手段で、その本質は、給料等の支払者が受取人に代つて納税するものにすぎないから、右源泉徴収される所得税額を右収入金額の中から控除すべきではない。」と述べ、

被告訴訟代理人は、「民事訴訟法第六一八条第二項本文の趣旨は、同項に定める収入を得る者のために、その収入の額面額の四分の三に相当する金額を手取額として確保させるところにある。本件においては、訴外続は、その報酬の額面額金五万円の四分の三にあたる金三万七五〇〇円を手取額として確保できるのである。ところで、本件被差押債権額と被告の本件相殺契約による相殺控除額との合算額は、訴外続の右報酬収入の額面額の四分の一を超え、同訴外人に確保されるべき金三万七五〇〇円の額に食い込むことになるが、右相殺は、本件差押債権者である原告に対抗できるものであるから、本件差押は、右金三万七五〇〇円の額に食い込んだ限度において違法である。かりに、右解釈が相当でないとしても、同条項にいう収入の「支払期に受くべき金額」とは、その収入を得るべきものが支払期において実際上受け取る金額すなわち支払いの額面額から所得税、保険料、労働組合費、差押債権者に対抗できる相殺による控除金等支払者側で天引きする金額を差引いた後の手取額をいうものである。本件においては、訴外続の報酬額面額金五万円から所得税の源泉徴収額金一万一五四八円および前記相殺控除額金二万円を差引いた後の金一万八四五二円を基準として、差押えるべき四分の一の額を算定するべきである。なお、被告から訴外続に貸与した金一五〇万円の返済に関する右当事者間の約定を相殺契約ないし相殺予約として構成することが相当でないとしても、右は、訴外続が被告に対し「右借金の月賦返済の方法としては、控除、差引き等その方法はいかなるものでもよい。ただ今後毎月分の報酬金のうち月賦返済額に相当する金二万円については、担保差入れ、質入れ等被告の処分に一任するから、これをもつて借金の返済に充当していただきたい。」旨申し込み、被告がこれを承諾したという事実関係に基くものであるから、訴外続は、被告に対し右借入金返済のため、被告から将来受けるべき毎月の報酬のうち金二万円にかかる権利を、あらかじめ放棄したか、質入れ等担保に差し入れたものともいうことができる。したがつて、同訴外人の被告から受けるべき報酬収入が毎月金三万円となつたもの、あるいは、右処分の効果が本件差押債権者である原告に対抗できるものとして、本件差押命令および取立命令の効力を定めるべきである。」と述べた。

理由

原告が、債権者として昭和三五年一月二二日大阪地方裁判所昭和三五年(ル)第五二号、同(ヲ)第六九号事件において、債務者である訴外続清の第三債務者である被告に対して有する同年一月以降の俸給債権につき、これを継続収入債権として、その四分の一あて、金一四九万九〇〇円に充つるまでの分の差押命令および取立命令を受け、右命令がその頃同訴外人に、同年一月二四日被告に各送達されたことについては、当事者間に争いがない。被告は、右差押命令および取立命令の対象となつている債権は、同訴外人が被告(会社)の重役として受けている報酬であるから、俸給またはこれに類する継続収入の債権にあたらない旨主張するけれども、右は、ひつきよう差押命令、取立命令自体に対する執行法上の瑕疵の主張であるから、執行方法に関する異議等、執行法上の不服申立をなすことによつてこれを主張し、右差押命令、取立命令の取消を得ない以上、右事由は、本件取立訴訟における原告の取立権を否定するに足るものとはいい難いのみならず、原審証人続清、同平野鴻一、同田中俊資の各証言および右の各証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一号証によると、同訴外人は、昭和三四年一二月から被告会社の取締役の地位にあるかたわら、被告会社大阪工場の副工場長として、機械部門を担当し、被告会社から報酬として年額金六〇万円の金員を毎月一回金五万円あて支給されることになつている事実が認められるから、同訴外人の右報酬債権は、民事訴訟法第六〇四条にいう俸給または継続収入の債権にあたることは明らかであり、右報酬の支給日が毎月二五日であることについては、当事者間に争いがないから、右報酬債権に対する本件差押の効力は、前記差押命令の記載どおり、昭和三五年一月以降毎月の報酬額の四分の一あて、金一四九万九〇〇円を限度として、将来に及ぶものといわねばならない。

しかして、訴外続の右報酬が、民事訴訟法第六一八条第二項にいう収入に該当し、本件債権差押命令および取立命令も右条項の適用のもとに発せられていることについては、当事者間に争いがないのであるが、被告は、右条項により差押を許される金額は、毎月の報酬額面額から所得税源泉徴収額その他の天引き額を控除した残額の四分の一あてに止まるべきであると主張するので按ずるに、本件差押命令、取立命令に表示された差押うべき債権の種類および数額は、前認定のとおりであつて、源泉徴収される所得税額等について何ら触れるところがないのであるから、訴外続の報酬金全額を基準にしてその四分の一あてにつき差押、取立命令が発せられたものというべく、執行裁判所のこの措置は、当裁判所も是認するところであるが(けだし、報酬等の支給者が、これを支給する際、右支給を受ける者ないしその者を含む団体との契約により、右報酬等から天引きする約定の金額はもとより、法律の規定により源泉徴収する所得税および特別徴収する住民税等ならびに法律または条例の規定により控除する各種社会保険の保険料および各種共済組合の掛金等は、いずれも本来右報酬等の支給を受けた者が、その収入の中から納付ないし支払いをなすべきものであるところを、便宜のため、これに代る右天引きの処理を報酬等の支給者に委ねたものにすぎないものと考えられ、従つて右報酬等の支給の際、そこから控除される右の各金額を含めた額をもつて、前記法条にいう収入とみるほかはないからである。)、かりに右執行裁判所の措置が違法であるとしても、差押命令、取立命令が執行方法に関する異議等執行法上の不服申立により取消されないかぎり、当裁判所は、これに反する判断をなしえないこと、前同様であるから、この点に関する被告の主張は、採用することができない。そうすると、本件差押命令および取立命令にいう訴外続の俸給債権の四分の一の額は、同訴外人の報酬額面月額金五万円を基準として算定した四分の一にあたる金一万二五〇〇円であるというべきである。(この点に関し、被告は、同訴外人の報酬額面額が月額金二万円にかかる権利を質入れまたは放棄したため、月額金三万円になつた旨主張するけれども、右主張を理由ずけるために被告の主張する事実関係をもつてしては、訴外続がその受けるべき報酬債権のうち金二万円を放棄したと解することはできず、報酬債権の一部を質入れ等担保に供することにより、報酬の額面額が減少しているとの主張は、それ自体首肯しがたいところであるから、右主張をいずれも採用することができない。)

つぎに、被告は、同人と訴外続との間に被告が訴外続に貸し渡した金一五〇万円を回収するため、被告が同訴外人の報酬中から毎月金二万円を控除する旨の契約があるので、右契約に基く天引きの効果は、本件差押債権者たる原告に対抗できると主張するが、前顕各証拠によると、訴外続は、被告から昭和三五年一月分以降報酬月額金五万円の中から被告貸付金返済額金二万円を差引かれても、なお残額の金一万八四五二円の支給を受けることになつていた事実が認められるのであるから、被告主張の訴外続との間の右契約による天引の効果が本件差押債権者たる原告に対抗できるものであつても、本件取立命令を受けた原告が被告に対して有する報酬月額金一万二五〇〇円の請求権に何らの消長を来さないものというべきである。(この点は、右契約の法的構成を相殺契約としても、また質権の設定であるとしても同様である。)

被告は、さらに、差押制限に関する前記法条の趣旨は、収入の四分の三に相当する金額を手取額として確保せしめる点にあるのであるから、本件被差押債権額一万二五〇〇円に前記契約による控除額二万円を加えたものが、報酬金五万円の四分の一の額を超える以上、右超過分について、差押、取立命令は違法であると主張するが、同法条は、単に債権差押の制限を定めたに止まり、必ずしも現実の手取額が収入金の四分の三に及ぶことを確保したものとは解し難いから、前記契約による控除等差押以外の事由のため訴外続の受ける手取額が報酬額の四分の三より不足するに至つたからといつて、右不足分について本件差押、取立命令の効力を否定することができないのはいうまでもない。

そうすると、原告は、訴外続の被告に対して有する昭和三五年一月分以降原告において指定した同年八月分までの報酬債権につき、一カ月金一万二五〇〇円あての取立権に基き、被告に対し合計金一〇万円および右最終支払期の翌日である同年八月二六日から完済に至るまで年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払いを求める権利がある。

したがつて、原告の本訴請求のうち金七万六九〇四円およびこれに対する右同期間、右同割合による遅延損害金の支払いを求める限度でこれを認容し、その余の請求を棄却した原判決は、右認容した限度においては正当であるけれども、右棄却した部分は失当であるから、これを取り消し、被告に対し金二万三〇九六円およびこれに対する右同期間、右同割合による遅延損害金の支払いを求める原告の請求を認容すべく、原告の本件控訴は、理由があるけれども、被告の本件控訴は、理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条第一項、第三八六条、第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 金田宇佐夫 羽柴隆 井上清)

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